14章 迷宮路地
「まさかこの世界で夜になっちゃうまで時間がかかるなんて……お母さん、怒るかな?」
けどお母さん、怒るんじゃなくて、笑って外出禁止令をだしそうだなあ。
案内人その二にもまだ会ってないのに。はあ、先行きはまだまだ長そう。
儀式を終わらせないことには帰れそうにないんだよね。それが出来るんならそうしてるんだけど。
一日ならまだいいけど、二日や三日もかかったら嫌だなあ。折角のお正月休みなのに。
お年玉は別に私が行かなくてもおばあちゃんたちがくれるけど、それはさすがに申し訳ないし。
というか、その場合は容赦なくお母さんにお年玉は没収されちゃうしなあ。将来の学費という名目で。
子供にとっては欲しいものを買う時の重要な軍資金だから、それはかなり厳しい。
ああでも考えてみれば今ってお正月なんだよね。元旦も良いところ。年賀状の返事もしなきゃなあ。
テレビはどれをつけても同じだからってお父さんは歌舞伎か演歌かニュースしか見せてくれない。
お正月のバラエティ番組は見分けがつくのかって聞かれると反論できないから、テレビは別に良いんだけどね。
いつもなら、大晦日はお母さんの実家に帰って年越しをして。今回はお父さんの都合で三十日に行ったけど。
それで二日から冬休みが終わるまでは靖の家でゲーム対戦したり鈴実も手伝ってる神社に皆でお参りに行ったり。
本当なら頼まれごとを片づけた後でそのまま靖の家に上がってゲームするつもりでいたのに。
うー、それにしても夜は寒いなあ。暖炉で暖まろっと。これまた、仕様がメルヘンチックなんだよねえ。
パチパチと景気のいい音をたてながら、格子越しに薪が爆ぜる。
「あれ? なんだろ」
さっき、一瞬。炎が妙な動きをしたような……気のせい?
のけぞるようにして炎が巻き上がるのを見たと思うんだけど。というか、くるっと回転したような。
暖炉に近づいてみたら、中央からやや左寄りに紋様らしいものがあった。
何個か同じものがあるし、そんなに複雑な図案でもない。もしかして、これって文字?
だけどアルファベットじゃないし、中国語でもハングル文字でも日本語でもない。
んーと、イスラム圏の文字が一番それに近いけど、ニュースくらいでしか見ないからなあ。
でも読める。自分でもわからないけど。うーん、頭に直接っていうか。そう、魔法を使う時みたいの感覚。
レックとカシスの世界の言葉なのかもしれない。それなら、なんとなく納得できなくもない。
まるで私の中に別の誰かがいて助けてくれてるような気がする。
『迷宮路地最奥部鉱物剣。合言葉を詠唱せよさすれば道は開かれん』
「ダイヤモンド、クリスタル、ルビー、シルバー、ゴールド、アメジスト、サファイア、エメラルド、トパーズ」
適当に思いつくままに並びたててみた。鉱物って宝石のことも含んでるよね?
『ゴゴゴゴゴ……』
あれ? 合言葉があってたのかな。
炎が消えた。大丈夫か確認してから暖炉にできた通れる所に入った。
道には松明が灯ってて、明かりの心配はなかった。でも、どうして暖炉にこんな場所が?
「うーん……ま、いっか。探検ってことで」
ずっと下に向かって歩いてるけど、何も見当たらないなー。うー、どんどん寒くなってる。
松明がところどころにあるからほの暗い。
「あ、看板」
どうして誰も来そうにない所に?またよくわからないけど読める文字を発見。
『ここから先は右→右→左→右→左→左→左→直進と進め。問いかけにはカンラン・キ・エメラと答えよ』
右に二回、左、右、と来て左に三回、最後はまっすぐかあ。カンラン・キ・エメラ。うん、覚えた。
「えーと、右……右」
また歩き出してすぐ左、前、右に道が別れた。十メートルくらいの幅で別れ道にあった。広そう。
「左……右」
あとは三、回左に曲がって最後は直進。
頭上で翼の音がした。ラガじゃ、ないよね。ラガはあんなに大きい音はたてない。
あ、また別れ道だ。そのとき何気なく足下へ目をやって私は凍りついた。
道には爪跡があった。しかも大きい! 大型犬よりも、多分熊よりも足が大きい。
前からは不穏な足音が聞こえてくる。右からは何かの遠吠えがする。
ここはひょっとして、モンスターとかが待ち構えてる危険な迷路なんじゃ。
そんなことに思い至った途端、空気が張り詰めた。肌がピリピリしていることにも気が付いてしまう。
『ガッシャガッシャ』
後ろからは……振り向きたくないから向かないけど。
とりあえず何か嫌なものが来てる。しかも、近くにまで。
「は、走らなきゃ」
歩行から逃走へ。勘付かれないよう、ゆっくりと速度を上げていく。
左、左、左……後はただひたすら直進。それで看板にあった場所へ辿りつけるはず。
その先に何があるのか全然知らない。でも、後ろは振り向きたくないから。
足下に注意しながら走っていると、何かにぶつかった。叫び声が上がる。
よろけて前のめりになりそうだったけど踏み留まって見上げた。
「誰だ?」
驚きで声が出せなかった。だって、さっきからこの空間が怖かったし。
それに、ぶつかったのは普通の人間じゃなかった。
喋ったのは竜の翼をもつ人。翼はけして細くはない通路を塞ぐ程に大きい。
私が目を瞬かせていると風に舞う砂のようにサラサラと消えた。
それによって開かれた道は、どこにも続いていなかった。
目の前に姿を現したのは壁。つまりは、袋小路。私ににとっては鼠の袋。
「うそっ、前は行き止まりなの!?」
『ウォォ────ォォン』
私の絶叫に呼応するかのようにして遠吠えがあった。
だけど近い! 恐る恐る後ろを振り向くと十メートルほど後ろに赤い瞳を三つ犬がいた。
この場合は狼かもしれない。あれは、まさか……鈴実は今いない。襲われたらなす術がないよ!
逃げ道はない。あるとしたら、前進しか道は残されてない。
背中を向けることはすごく怖いけど。道を塞ぐ壁に向き合って言葉を紡ぐ。
「カンラン・キ・エメラ!」
どうか何か変化がありますように。切にそう願いながら。
すると目の前に道が開いた。私は急いで駆け込んだ。
「ガルルッ!」
三つの赤の瞳をもつそれ。やっぱり、前に比良さんのお店で出てきたのと同じ奴だ!
飛びかかってきた、来る!
でもそいつは見えない何かによって跳ね返った。まるで壁に弾かれたように。
唸りながらも、また飛びかかってこようとはしない。しずしず、私は後ろ歩きに先へ進んでいってみる。
曲がり角に突き当たる頃には、遠吠えも姿もまったくわからなくなってしまった。
「ふぅー、何だか知らないけど助かったぁ。って、何あれ?」
前を向くと、駆け込んだ時は気づかなかったけど、武器の柄だけが台形の台に置いてある。
しかも銀の。うわぁ、豪華。銀って高いんだよ? しかもツルツルピカピカ。すっごーい!
近づくいてみると、何故か読める文字で書かれてるのが見てとれた。
≪鉱物剣 雷光一閃 エシェア=ウェルハンカ≫
高価そうだけど、手に取ってみた。それくらいは良いよね?
刃が深く刺さってるのかな。簡単には抜けないけど。
「あれ? んー、よっ……と!」
さすがに簡単には抜けない。だけど、こう引いてみたら良さそう。
そうアタリをつけて力を込めたら、抜けた。ズルッと言う音がして、あとはスルスルとひけば出て来る出て来る。
しかも剣の柄以外は全部宝石だった。これって素人にもわかるダイヤモンドじゃ?
とっても固くてダイヤモンドはダイヤモンドじゃないと削れないとかテレビで聞いた事あるけど。
「……きれい」
武器なのに豪華だし。でもどうしよう。抜いちゃった。どうせ抜けないと思ってたけど抜けちゃった。
名前が彫られてるから勝手に持って行っちゃ行けないのかもしれないし。
『汝を主とす』
「えっ!?」
さっき、頭に声がした。それと剣から波動が伝わってくる。
なんて言うか、ビンビンって感じじゃなくて何かの流れがゆっくり流れこんできてるっていうのかな。
「……あ」
もう一回剣の持つ所をみると、エシェア=ウェルハンカの所が、私の名前になっていた。
「抜かれてしまったのか。こんな小娘ごときに」
むかっ。誰? 背後から誰かの声。振り向くといたのは微妙な年齢の男。お父さんとおじいちゃんの中間くらい。
「小娘、大人しくそれをよこせ。貴様に扱いこなすことはできまい」
「誰なの」
そんな横取りみたいなこと言われて誰が渡すっていうの。渡す気にならないよ、そんな言い草じゃ!
それに見てて、普通じゃなさそうな感じだもん。悪人みたいな。
「小娘に教えてやる義理はない。渡す気がないのならば武力行使に迫るぞ」
「負けないんだから」
「フン。子供に何ができる」
そう言うと同じに右に持つ刀で切りかかって来た!
こういう時、よくゲームじゃ剣で押しとめるか流す。けど私にそんなことできない!
『キンッ!』
剣で止める。でも手が痺れる。力、結構あるんだ。
「これくらいできなくてはな」
「えいっ!」
靖の練習を、見よう見真似でやってみる。
左に向かって地面をできるだけ強く蹴って右に飛び剣を横にふった。でも避けられた。
「所詮は初心者。剣を扱った事がない者が勝てるはずないだろう」
この男は喋ることができるくらい余裕。むかっとする。
「うるさい!」
「はっきり言っておこう、お前は勝てない」
そう言われて、やる気がでてきた。一撃くらい!
倒してみせようじゃないの、そんなのひっくりかえしてみせる!
「遊びは終りだ」
男が剣を下から救い上げるみたいに押し上げる。こんなの下に押せば!
でも押したのに抵抗できなかった。なんでっ!?
「えっ、あ!」
私の持ってた剣が宙に飛んでる。剣が手から離れたおしまいなのに!
「さて」
ああー! 落ちた剣を拾おうとしてる。手が剣の柄に触れる。
『バチィ!』
え、剣から……電撃? 私が持った時は発生しなかったのに。
「エシェアの剣ではなくなっただと? ……小娘は清海というのか。覚えておく」
そう言って、剣をしまって去って行った。何だったの、あいつ。
それにどうして私の名前も知ってるの? それに、剣の前の持ち主も知ってるみたいな口振りだった。
あ、いけない。剣を拾わなきゃ。もしまたすぐにあいつが戻ってきたりしたら大変だもん。
人差し指でチョンチョンとつついて確かめてから剣を拾ったけど、電撃は発生しなかった。良かったー。
この後は魔物にもさっきの男も、ラゴスの翼ににた翼を持つ人にも出会わずに戻って来れた。
そういえば、あの人、案内人じゃないのかな? 翼人っぽいし。竜の翼バージョンの。
まぁいいや。床に剣を置いてベットに入って寝た。
夜更かしは苦手。一気にさっきまでの疲れが押し寄せて来たよ。
NEXT
|